A:駆ける紅葉 幻煌鳥
下の森、ジャティーカ央森には、鳥の姿に擬態した移動性植物が棲息している。ブランチベアラーと呼ばれる生物さ。なかでも、ひときわ目立つ存在なのが「幻煌鳥」だ。同種と違って真紅の体躯を持ち、動く者を見境なく襲う獰猛さで、人々から怖れられている。なぜ、ここまで活発なのか。それは不思議な力を持つ大樹「幻煌樹」の枝を取り込み、魔力を得たからだとも噂されているが……さてな。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
マムージャの狩人は各々の得物を手に樹木の間を猛スピードで縫うように走った。森を走るにはコツがある。姿勢は低く、常に一歩先を見ながら走る。地形や障害物に逆らってはいけない。無理な動きをすればたちまち見落とした木の根や積もった落ち葉に足を取られたり、死角にあった木の枝に目をやられる。意識するのはたゆまない水の動きだ。岩間を流れる水のように逆らわず抗わず、地形や障害物を受け流し、時には利用しつつ流れるように走る。これは森に生きる者のイロハのイだ。
目前に獲物の姿を捕えた。仲間たちに目で合図を送ると狩人は散開して獲物を取り囲む。今のように勢いに乗っているときは躊躇しない方が成功率は高い。彼らは足を止めることなく獲物へと飛び掛かった。
「何だ…こいつは」
狩人のリーダーが仕留めた獲物を見下ろして声を漏らした。
仕留めた獲物はダチョウやチョコボのような長い足をした鳥のはずだ。見間違えるはずはないその長い足で走って逃げたのを追い詰めて仕留めたのだ。襲い掛かった際の抵抗も違和感はなかったが、目の前に倒れているのは…。
「こいつはなんだ?あんなスピードで動き回ってやがったのに植物だっていうのか?」
ブランチベアラーの存在が初めて確認されたのは森の上下で戦争が始まる前、約1000年ほど前の事だ。それまで下の森に住むマムージャ族達の目は「上の森」を奪うことにばかり向いていて自分たちの住処である下の森すら生活に必要な部分しか探索をしてこなかったようだ。
ヤクテル樹海のジャティーカ央森と呼ばれる地域を生息域とするブランチベアラーは蔦や枝で出来た鳥に似せた外殻の内側に本体がある。球状に膨れ上がったヒカリゴケの塊がそれだ。このヒカリゴケが樹木、主に若い木に寄生し、樹皮から染み込むようにして乗っ取り、蔦や枝を伸ばしてダチョウやチョコボのような陸鳥に酷似した外殻を形成する。
何故そんなことをするのか?例えば、植物はみな種の存続のため、様々な方法でその種子を遠くまで届けようとする。ある種はわざと鳥に果実を食べさせ鳥に運ばせる。ある種は、綿毛で種子を飛ばす。またある者は細い枝葉で球体を形成し、種を仕込んで切り離し風力で転がって遠くへと運ぶ。ブランチベアラーの場合は、他の植物を纏い自ら移動して種子を運ぶ。植物の持つ本能の働きとしか言いようがない。
そしてこのヒカリゴケは樹木を乗っ取るまでは普通の苔と変わらず朝露や雨水などから養分を摂取するのだが、蔦の体を纏った後はその体を維持するためより多くの養分を必要とする。そのため動物や昆虫に襲いかかりその獲物の体液を養分とする。
そんなブランチベアラーの中でもひときわ注意が必要な存在なのが「幻煌鳥」と呼ばれる個体だ。この個体はジャティーカ央森に古くから様々な言い伝えが残る不思議な大樹「幻煌樹」の若木に寄生した。植物であるヒカリゴケに邪心があったわけではないだろうが、その不思議な大樹由来の魔力を得たこのブランチベアラーは他の個体とは違う真紅に光り、動く者とあらば人であれ動物であれ見境なく襲いかかる獰猛さで、森では「幻煌鳥」と呼ばれ、マムージャ達に恐れられているのだが、どうも幻煌鳥を厄介に思っているのはマムージャ族だけではないらしい。森に長く生息しているからと言って無条件に歓迎されているとは限らないようだ。
森の呪いを解くために、精霊から一つ二つのお使いや条件を出されることは覚悟の上だったが、まさか森に住む動植物を子供達と呼び慈しむ守護者たる精霊から森に住む生き物の討伐を仰せつかることになるとは意外な展開だった。
精霊の話によれば、昼夜問わず真っ暗な森を少しでも明るくするために発光植物をいくつも生み出した。その中にブランチベアラーの核となるヒカリゴケ含まれていたのだが、そのブランチベアラーが幻煌樹の若木を取り込んでしまうなどということは森の精霊にとっても想定外の困った事態だったようだ。
森の精霊としてはわざわざ自分が生み出した生物が思いもよらない力を得て、過剰に森の生物を傷付けるようになるとは夢にも思わなかったのだと静かに嘆いて見せた。だからと言って精霊自身が森の生き物に対し手を下し、駆除するわけにもいかず永い間悶々と放置してきたそうだが、話しぶりからしても目の上のタンコブであったことは間違いがないようだ。
「小さき者よ。我に願いを聞かせたくば我が要求を果たせ」
精霊が頭に直接響く思念のようなものであたし達に命じる。あたしは透けて見えるほど真っ白く、見上げるほどに大きな存在を真っすぐ見上げ少し考えてみたが、こういう神掛かった存在がちっぽけな人間ごときに意見されて自分の考えを曲げるとは到底思えない。
「いいわ、その代わり戻ったら話を聞いてもらうから」
あたしはそう答えると精霊に背を向け歩き出した。
ヤクテル樹海